シャワーが2日に1回だった話。オーストラリア・アデレード留学中に痛感した、日本と世界の「当たり前」の境界線
こんにちは、ごろうです。
「海外留学」という言葉を聞くと、多くの人は「どれくらい英語が話せるようになるのか」「現地の大学の授業はどんな雰囲気なのか」「外国人の友達はどうやって作るのか」といった、華やかな部分にばかり目を向けがちです。
もちろん、それらも留学の大きな醍醐味であることは間違いありません。しかし、私が実際にオーストラリアのアデレードという街に留学してみて、一番強烈に「あ、日本と全然違うな」と肌で違いを感じたのは、そうした特別なイベントではありませんでした。もっと地味で、もっと身の回りにある、生活のごくごく当たり前の日常のなかにこそ、本当のカルチャーショックは潜んでいました。
今回はその中でも、日本にいたときは意識したこともなかった、今でも強く印象に残っている「シャワーの頻度と、水に対する生活習慣の違い」について、私のリアルな体験談を交えて深く掘り下げて書いてみたいと思います。
目次
- 1. 留学の本質は、教科書ではなく「日常の些細な違和感」に現れる
- 2. ホームステイ先での衝撃ルール。シャワーは「2日に1回」が基本
- 3. なぜそうなっているのか?オーストラリアが抱える「水」への絶対的な思想
- 4. 実際に困ったかどうか。常識をハックして手に入れた「なまけ流」の適応術
- 5. まとめ:自分の基準は、決して世界の基準ではない
1. 留学の本質は、教科書ではなく「日常の些細な違和感」に現れる
南オーストラリア州の美しい都市、アデレード。緑豊かで治安が良く、ヨーロッパのような歴史的な佇まいを残すこの街での生活は、私にとって新しい発見の連続でした。
しかし、語学学校で難しい英語のフレーズを覚えることよりも、現地のホストファミリーと一緒に暮らし、毎日の生活を共にするなかで繰り返される行動ほど、日本との違いがはっきりと、容赦なく見えてくるものです。
日本にいるときの私たちは、蛇口をひねれば無限にキレイな水が出てきて、お風呂に入りたければいつでも温かい湯船に浸かることができる環境を「当然の権利」のように思っています。しかし、一歩日本の外へ出てみれば、その快適な前提条件そのものが、実は世界基準ではかなり特殊で、恵まれすぎているものなのだという現実に直面することになります。その最たる例が、お風呂のカルチャーでした。
2. ホームステイ先での衝撃ルール。シャワーは「2日に1回」が基本
日本では、学校から帰ってきたり、お風呂に入ったりするのは「毎日」が当たり前の感覚ですよね。真夏であれば1日に2回シャワーを浴びることだって珍しくありません。私自身も、日本にいたときはそれが地球上の全人類の基本ルールだとどこかで思い込んでいました。
ところが、アデレードのホームステイ先に到着して数日経った頃、ある生活の流れに気がつきました。誰も毎日お風呂に入っている気配がないのです。そして、ホストファミリーからやんわりと提示された我が家の基本ルールは、「シャワーは2日に1回」というものでした。
※もちろん、これはオーストラリアのすべての家庭がそうだというわけではなく、家庭ごとの考え方や地域によってグラデーションがあると思います。
最初は明確に「こういうルールだから守ってね!」ときつく説明されたわけではなく、生活全体の空気感として、自然にそうなっているという印象でした。日本人の感覚からすると、「毎日シャワーを浴びないと不衛生なんじゃないか」「ベタベタして気持ち悪いんじゃないか」と最初は単純に驚きましたし、少し戸惑いもありました。しかし、現地の生活に深く溶け込んでいくにつれて、この「2日に1回」というスタイルが、彼らにとって極めて合理的で、かつごく自然な選択である理由が見えてきたのです。
3. なぜそうなっているのか?オーストラリアが抱える「水」への絶対的な思想
気になって、ある日ホストファミリーに「なぜシャワーの頻度を抑えているの?」と素朴な疑問をぶつけてみました。そこから返ってきた答えは、彼らの水や電気といった資源の使い方に対する、日本とは根本から異なる深い思想でした。
オーストラリアという国は、世界で最も乾燥した大陸の一つであり、常に深刻な水不足(干ばつ)のリスクと隣り合わせで生きてきた歴史があります。そのため、子供の頃から学校や家庭で「水は限られた、極めて貴重な資源である」という教育を徹底的に叩き込まれています。現地では、シャワー室に4分の砂時計が置いてあり、「シャワーは4分以内に済ませるべし」というルールがある家庭も決して珍しくありません。
彼らの根底にあるのは、「使わないものは、使わない」「必要な分だけで、十分に足りている」という、引き算のミニマリズム的な感覚です。
「毎日、なんとなくルーティンだからという理由で大量の水と電気を消費してお風呂に入るのは、資源の無駄遣い。汗をかいていないなら、2日に1回で何の問題もないじゃない?」
そう笑顔で語るホストファミリーの姿を見て、ハッとさせられました。日本では「毎日お風呂に入ること=清潔で良いこと」と盲目的に信じられていますが、それは豊かな水資源に甘え、無意識に資源を浪費している側面もあるのではないか、と考えさせられたのです。彼らの習慣は、ケチケチして節約しているというよりは、地球の資源と正しく向き合い、自分たちの生活に本当に必要な量を意識してコントロールしている、とても洗練されたマインドの表れだったのです。
4. 実際に困ったかどうか。常識をハックして手に入れた「なまけ流」の適応術
では、そんな「2日に1回シャワー」の生活を送るなかで、私自身が実際にストレスを感じたり、困ったりしたかというと、結論から言えば、驚くほどまったく困りませんでした。
これにはアデレードの気候も大きく関係しています。オーストラリアは日本と違って非常に乾燥しているため、夏場であってもカラッとしていて、日本のようにジメジメとした不快な汗をかくことがほとんどありません。そのため、1日くらいシャワーを浴びなくても、体がベタついて眠れないといった実害がそもそも出ないのです。
最初は「毎日入らなきゃ」という日本の常識に縛られて頭が驚いていただけ。いざその生活に慣れてみると、「あ、今日も別に汗かいてないし、シャワーは明日でいいや」と、むしろなまけ流の心地よさすら感じるようになりました。お風呂にかける時間や、その後のドライヤーの手間が半分になるわけですから、自分の自由な時間が増えるという嬉しい副作用すらありました。
日本で「絶対にこうでなければならない」と思い込んでいたがんじがらめの当たり前が、別の場所に行けば簡単に崩れ去る。その事実を、教科書の文字から知識として学ぶのではなく、毎日のリアルな生活のなかで、文字通り肌で実感できたこと。これこそが、私が海外生活で得た何よりの収穫でした。
5. まとめ:余裕という名のパスポートを持って目覚めよう
このアデレードでの小さなカルチャーショックを通して、私が心から感じたのは、「自分の基準は、決して世界の基準ではない」ということです。
日本の常識をそのまま海外に持ち込んで、「毎日シャワーを浴びさせないなんて、このホームステイ先はハズレだ、悪い環境だ」と決めつけてしまうのは、あまりにももったいないことです。そこには、どちらが「良い・悪い」や「正しい・間違い」があるわけではなく、ただ生きている土地の歴史や環境によって、生活の前提条件(ルール)が違っているだけなのです。
留学中に感じた、こうした一見すると不便に思える小さな違いのなかにこそ、自分の狭い視野を広げ、新しい価値観を受け入れるための大切なヒントが隠されています。皆さんも海外へ行く機会があれば、ぜひ「日本の当たり前」を一度脱ぎ捨てて、現地の生活をそのままスマートになまけながら楽しんでみてください。きっと、新しい自分に出会えるはずです。
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