マザーとファザーが別の家だった話。少し特殊なホームステイで私が学んだ「心地よい距離感」と信頼の築き方
こんにちは、ごろうです。
「海外留学でのホームステイ」と聞くと、皆さんはどんな光景を思い浮かべるでしょうか?
おそらく大半の人は、一つの大きな家にホストマザーとホストファザー、そして可愛い子どもたちやペットがいて、そこに自分がお邪魔して一つの家族として全員で食卓を囲む……そんなオーソドックスなイメージを一般的だと考えるはずです。日本を飛び立つ前の私も、当然そのような温かい一つの家庭の輪に入るものだと思っていました。
しかし、私が高校2年生のときにオーストラリアのアデレードで経験したホームステイは、その一般的なイメージとは大きくかけ離れた、少し……いや、かなり特殊な形態をしていました。なんと、ホストマザーとホストファザーの家が完全に別々で、私は毎日その2つの家を行き来しながら生活していたのです。
最初は誰もが「えっ、それってどういうこと?」と戸惑うような環境かもしれません。しかし、4年が経った今振り返ってみても、あのハイブリッドな生活は私にとって何にも代えがたい最高の経験であり、人間関係における「心地よい距離感」と「本当の信頼関係の築き方」を教えてくれた最高の学び場でした。今回は、そんな少し変わった環境のリアルな日常と、私が現地で実践したなまけ流の生存戦略について、余すことなく書いてみたいと思います。
目次
- 1. 毎日がプチトランジット。2つの家を行き来する、少し特殊なホームステイ環境
- 2. ホストファザーとの距離感:無口な男同士、テレビとチョコレートムースが溶かした壁
- 3. ホストマザーとの距離感:最初の「コンニチハ」と、夕食後の深い対話時間
- 4. 2人に共通していたこと:信頼は勝手に湧き出ない。態度で作る双方向の絆
- 5. まとめ:環境を言い訳にせず、自ら関わりをデザインしよう
1. 毎日がプチトランジット。2つの家を行き来する、少し特殊なホームステイ環境
まず、私が実際に送っていた毎日のタイムラインを説明させてください。ここがとにかくユニークで、今考えてもまるで毎日小さな旅(トランジット)を繰り返しているような不思議なリズムでした。
生活の最大の拠点、つまり私が毎日「寝泊まり」をする部屋があるのは、ホストファザーの家でした。こちらの家には、留学生は私ただ一人。静かで、自分のプライベートな時間が完璧に守られた空間です。ここで朝を迎え、朝食をとってから学校へ向かいます。
しかし、学校が終わった放課後、私が向かうのはファザーの家ではなく、バスに乗って別の場所にあるホストマザーの家でした。マザーの家には、私以外に異なる国籍の留学生が3人も住んでおり、いつも賑やかで活気にあふれた空間です。夕方から夜にかけては、このマザーの家が私のリビング代わりになります。リビングの大きなテーブルで宿題をしたり、MacBookを開いてPC作業をしたりと、それぞれの留学生が思い思いの自由な時間を過ごしていました。そして、みんなで賑やかにマザーの美味しい夕食を囲み、食後の楽しい会話を満喫します。
夕食が終わり、夜も更けてきた頃、私は「じゃあ、また明日ね」とマザーの家を後にし、生活の拠点であるファザーの家へと戻るのです。寝るのと朝食はファザーの家、夕方から夜の団らんはマザーの家。平日は毎日、この2つの結界を往復するのが私の基本の生活の流れでした。
さらに面白かったのが週末のルーティンです。土曜日の昼はホストマザーと街へ繰り出してショッピングを楽しみ、日曜日の朝はホストファザーと近くにあるホテルのちょっと良いレストランへ行き、優雅に朝食をとる。2人それぞれが、私と過ごすプライベートな時間を別々に作ってくれていたのです。一見すると「忙しそう」「ややこしそう」と思われるかもしれませんが、これが私にとっては、賑やかさと静寂をどちらも100%良いとこ取りできる、この上なくスマートで快適なシステムでした。
2. ホストファザーとの距離感:無口な男同士、テレビとチョコレートムースが溶かした壁
生活の拠点であり、長い時間を共に過ごすことになるホストファザー。彼の最初の印象は、一言で言えば「もともと物静かで、かなり無口な性格」でした。
海外のホームステイというと、誰もが映画のように「ハァーイ!親友!」とハイテンションで肩を組んでくるようなホストを想像しがちですが、現実には色々な人がいます。ファザーは言葉数が少なく、自分から積極的に話しかけてくるタイプではなかったため、最初の頃の私は「マザーの家に比べて静かだし、なんだか少し距離があるな……」「自分のことが嫌いなのかな……」と、勝手に壁を感じて緊張していました。
しかし、そんな無口なファザーとの距離が劇的に縮まった、ある美しい日課が始まりました。それは、夜に私がマザーの家から帰ってきた後の時間でした。
最初は部屋に直行して寝ようとしていた私に、ある夜、ファザーのほうから「一緒にテレビを見ないか?」と、ぽつりと声をかけてくれたのです。リビングのソファに2人で並び、テレビの画面を見つめる時間。驚いたことに、そこには言葉による派手な盛り上がりは一切ありませんでした。ファザーは相変わらず無口だったからです。でも、ファザーが冷蔵庫から出してくれた甘いチョコレートムースを毎晩一緒に食べながら、同じテレビの光に照らされ、同じ空間を共有する。ただそれだけの日課が繰り返されるうちに、私たちの間にあった冷たい壁は、チョコレートムースのようにゆっくりと、確実に溶けていきました。
「言葉が多くないからといって、歓迎されていないわけではない」
そのことに気づいてからは、会話がなくても、ただ隣にいるだけで不思議な安心感が生まれるようになりました。
それが繰り返されていくうちに「日本の選手が出てるよ」とか、「このチームはこういうチームで・・・」など少しずつ会話が増えたり、テレビ以外でも色々と話すようになりました。
男同士の、無理に喋らなくても成立するなまけ流の心地よい距離感。毎晩のチョコレートムースの味は、無口なファザーなりの不器用で最大の「優しさのサイン」だったのだと、今でも温かい気持ちで思い出します。
3. ホストマザーとの距離感:最初の「コンニチハ」と、夕食後の深い対話時間
静寂を愛するファザーの家とは対照的に、夕方からの時間を過ごすホストマザーの家は、常に温かいエネルギーに満ち溢れていました。
マザーとの最初の出会いは、今でも忘れられないほど鮮烈でした。見知らぬ土地に一人でやってきて不安でガチガチになっていた私に対して、初めて会った瞬間にマザーは満面の笑みを浮かべ、「ハジメマシテ!」「コンニチハ!」と、一生懸命に練習してくれたであろう日本語を交えて声をかけてくれたのです。その瞬間に、私の胸を締め付けていた張り詰めた緊張の糸が、スッと解けていくのが分かりました。「あ、この家なら大丈夫だ」という圧倒的な安全基地を、マザーは最初の一言でプレゼントしてくれたのです。
日々の生活のなかでも、マザーは本当に細かいところまで私のことを気にかけてくれました。慣れない海外での洗濯や身の回りのことのサポートはもちろん、私の表情をよく見て「今日は学校どうだった?」と、日常的にたくさん声をかけてくれました。他の3人の留学生たちに混ざってテーブルを囲む夕食の時間は、言葉の壁を越えた笑顔でいつも賑わっていました。
そして何より贅沢だったのが、夕食が片付いた後のマザーとの会話の時間です。今日あったこと、オーストラリアと日本の文化の違い、自分の将来のこと。拙い英語の私の話を、マザーはいつも最後までじっくりと、楽しそうに聞いてくれました。毎日繰り返されるその温かい対話の積み重ねが、私の英語力を育ててくれたと同時に、マザーとの距離を「留学生とホスト」から「本当の家族」へと引き上げてくれたのです。土曜日のショッピングの時間は、まるでお母さんと出かける週末のような、何の気遣いもない楽しい時間でした。
4. 2人に共通していたこと:信頼は勝手に湧き出ない。態度で作る双方向の絆
ホストマザーの家と、ホストファザーの家。雰囲気も性格も、過ごす時間の性質も全く異なる2つの環境でしたが、彼らに共通していたことが一つだけあります。それは、「形は少し特殊かもしれないけれど、2人とも私のことを心から大切に思い、常に優しく気にかけてくれていた」という、絶対的な事実です。
そして、この特殊な二拠点生活を最高のものにするために、私自身も「ただお世話になるだけのゲスト(お客さん)」でいることは絶対にしませんでした。相手がこれだけ自分に歩み寄ってくれているのだから、こちらも自分の『態度』でリスペクトを示し、信頼を勝ち取りにいく。それが、なまけ流の鉄則です。私が現地で一貫して意識していたマナーは以下のようなことです。
- マザーの家に行くときも、ファザーの家に帰るときも、マメな連絡を絶対に欠かさない
- ファザーから誘われた日曜日のホテルの朝食や、マザーから誘われた土曜日の買い物には、体調が悪いとき以外は【基本的に100%進んで参加する】
- 自分の部屋に閉じこもるのをやめ、できるだけ2人と同じ空間に身を置いて、時間を共有する
これらは一見、真面目で少し面倒なことに思えるかもしれません。しかし、これこそが「賢くなまける」ための最大の先行投資です。最初に自分の態度で「私はあなたたちをリスペクトしています、家族としてここにいたいんです」というサインを明確に出し続けることで、相手も「この子は信頼できる大人だ」と認めてくれます。その結果として、前回の記事で書いたような「食事の時間の自由なネゴシエーション」ができるような、ノーストレスで圧倒的に自由な生活環境が手に入るのです。信頼関係とは、片方がただ待っていれば自然に湧き出てくるような温泉ではありません。お互いが一歩ずつ歩み寄り、日々の誠実な行動をレンガのように積み重ねて初めて完成する、美しい双方向の人工物なのです。
5. まとめ:環境を言い訳にせず、自ら関わりをデザインしよう
ホストマザーとホストファザーの家が別々であるという、留学エージェントのパンフレットには絶対に載っていないような少し特殊なホームステイ。最初は驚きもありましたが、私はこの環境だったからこそ、「静かに寄り添ってくれるファザーの深い優しさ」と、「言葉で包み込んでくれるマザーの温かい情愛」の、どちらの本質も深く知ることができました。
もし、私が最初の形態の特殊さに文句を言ったり、「無口だから」「家が別だから」と言い訳をして自分の殻に閉じこもっていたら、これほど充実したアデレードの思い出は絶対に生まれていなかったはずです。大切なのは、与えられた環境が特別かどうかではありません。その環境のなかで、自分からどう話しかけ、どう誘いに乗り、どうやって相手を理解し尊重していくかという「自分の日々の振る舞い」です。
これから海外へ飛び立つ皆さん、あるいは新しく見知らぬ人間関係に飛び込む皆さんも、ぜひ「相手が何かしてくれること」を待つゲスト感覚を捨てて、自らの態度で最高の信頼関係をデザインしてみてください。言葉を超えたチョコレートムースのような温かい絆が、きっとあなたの人生を一段と豊かにしてくれるはずです。それでは、最高の滞在を!
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